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Vol.04「デジタルより早く走り抜けろ」
  僕は 1966年生まれだ。
最近はデジタル文化にすっかり飲み込まれた毎日を過ごしてしまってる。 いつだったか、突然 デジタルと言う悩ましい女性が、涼げな顔をして玄関から入って来た。
液晶デジタル腕時計とブロック崩しが 小学校5年頃。
ゲームウオッチとインベーダーゲームが 中学校1年頃。
CD、ポケットベル、ファミコンは18才頃。
MD、たまごっち 携帯電話 は 二十歳超えてからである。
彼女らは異常にクールで 非情に光り!点滅しながら 、惑わし、 悩ましげに腰をくねらせ、僕の前を走り始めた。
デジタルは0ゼロか1イチで全て記録され判断されていく。どこまで行ってもゼロかイチで記録される。人間の脳なら左脳の記録機能のみだ。
今の日本は左脳教育だと言われている。左脳だけを教育し左脳だけの記憶力テストで進学テスト 進級テストを繰り返し、社会に送り込み、日本社会が周り始める。
いつからか、右脳はどこかに行ってしまった。
落語は一人で、何人もの役をする。漫才は二人だったり三人だったり、二人のオモロい奴が漫才して舞台では、それが10にも20にもなる、不思議な事にあまりオモロく無い二人が漫才をしても10にも20にもなる時が有る。落語も漫才の世界も デジタルでは計算も予想も出来無い。右脳の文化である。地球には人間が生きているのだ。
確かにデジタルは便利な道具でも有るが、それには併害 副作用も有る。いわゆるコンピューターリテラシーである。
明治 大正 戦前 戦中 戦後、団塊の世代、テレビっ子、新人類、平成生まれ 色々と世代の壁が有る。 脳の発育を決定付ける幼児期のデジタル左脳発想世代の壁が 何年頃に有るかは ハッキリとは区切れ無いが この壁は将来、日本の生活 文化 芸術に大変な影響を きたすに違いない、最近のニュースを賑わしてる事件を見れば、もう 影響を受けてるのかもしれない。
右脳は、どこに行ってしまった。 共存しないといけないのか?便利な道具を使いこなすのか?
僕は、早くあの わがままなデジタルにサヨナラを言わないといけない。 カッコ良さ クールさが、僕を 迷わす、惑わす。
僕たち 丙馬生まれ アナログ ぎりぎり世代としては、怪しく点滅する光りにも、妖しいバイブ音にも、目もくれず、奴らがゼロかイチかを判断してるスキに、右脳で感じて、すかさず一歩踏み出せ、24時間 動きっぱなしの デジタルなんかに 負ける訳にはいかない。僕らは生まれてから死ぬまで 動きっぱなしなのだから。地球が回ってる間は止まってるヒマなんて無い。 休憩してるヒマなんて無い。
右脳で感じて、 デジタルより早く! 走り抜けろ。

PS インから まくったらんかい! 一か八か スロットル全開で まくったらんかい! 1番上の兄さんの声が 聞こえた気がした。